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いけばないけばなは仏教の供養物として端を発し、15世紀には芸術の一つとしてたくさんの形が生み出され、学校が開かれました。いけばなでは特に、花材・花器・枝の配置、枝とそのまわりと使用する花器の関係に、主な注意を払います。また何も空間を想像力豊かに活かしても構成されます。この点において、一般的な花による装飾といけばなとに、一線がひかれるのです。 最も一般に知られているのは、草月、小原、池坊の3つ(流派)です。 草月流Sogetsu草月会は1927年勅使河原蒼風によりはじめられました。蒼風は伝統的ないけばなを改善し、1つの芸術の形とした先導者の1人として知られています。蒼風の後は娘勅使河原霞がつぎ、3代目には映画監督としても知られる勅使河原宏が継承、現在はその娘が家元として活躍しています。 草月流の基本は、ちょっとした道具さえあれば「いつでも、どこでも、だれにでも」できるところにあります。すなわち草月流のいけばなを学ぶ者には、花材と道具を活かす創造力が要され、いけばなとは昔の作品を繰り返し真似ることではないということです。 小原流池坊の教えが厳格かつ形式的であると感じた小原雲心は、明治時代中期に池坊から独立しました。雲心は1895年に小原流を創始し、西洋の花を作品に取り入れていきました。浅い花器を用いる「盛花」をはじめたのも小原雲心です。現在でも小原流いけばなの基本形として、この盛花と円柱形の花器を用いる瓶花(へいか)が広く知られています。 池坊池坊は日本で最も古いいけばな学校です。創始者は仏教の司僧であった池坊専慶で、15世紀中期に活躍していました。六角堂頂法寺代々の司僧はいけばなの名手として知られ、池坊によっていけばなが生み出されました。池坊の総本山はいまでも、いけばな発祥の地である京都の六角堂頂法寺にあります。習慣や生活様式の変化は、池坊の様式にも少なからず影響を与えてきました。
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